ペンネームruna
まだ街が眠っている時間、工場の明かりだけがぽつりと灯っている。 扉を開けると、粉の匂いが静かに広がり、冷たい空気の中に温度がひとつ生まれる。私はエプロンを結び、機械の音が立ち上がるのを待ちながら、今日の作業に向き合う。
生地の状態を確かめる。 やわらかい日もあれば、少しだけ張りのある日もある。 その違いは、まるで天気のように毎朝少しずつ変わる。 触れた瞬間に伝わるその気配を受け取りながら、私は工程を進めていく。
この工場では、学校給食のパンや米飯も毎日つくられている。 子どもたちの顔は見えない。 けれど、誰かの生活にそっと寄り添う食事をつくっているという実感は、 朝の静けさの中でじんわりと胸に広がる。 私はこの工場で働く栄養士として、その時間をそばで見守っている。
店に立つと、時々こんな声が届く。 「給食のパン、好きだったんです」 「ごはんの日が楽しみでね」
その言葉は、工場の音とは違う、やわらかい響きを持っている。 子どもの頃の記憶が、ふとした瞬間にほどけるようにして口にされる。 給食で出会ったパンが、家で食べる市販のパンへとつながり、 やがて大人になっても“好き”が続いている。
その“好き”は、ただの味の好みではない。 小さな頃の安心や、友だちと笑い合った時間や、 放課後の匂いまで一緒に連れてくる。 思い出が、ゆっくりと育って、 気づけば“思い入れ”という形に変わっている。
工場で作業を進めながら、私はその言葉を思い返す。 自分がつくるパンが、誰かの人生のどこかで そんなふうに静かに根を張っているのだと思うと、 朝の仕事が少しだけあたたかくなる。
外が明るくなる頃、今日のパンたちは静かに形を整えていく。 今日つくるパンも、いつか誰かの記憶のどこかで そっと息づく日が来るのかもしれない。
そう思いながら、私は手を動かし続ける。

