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No.109 「帰り道に見つけた、おいしさの本質」

旭川支部 黒畑 理沙 

 先日、所用で名古屋へ出かけることになり、それならばと空いた時間に“名古屋メシ”を満喫する一人旅を楽しむことにした。味噌カツ、ひつまぶし、きしめん──どこへ行っても魅力的な名物ばかりだ。だが、まず驚いたのは、どこへ行っても行列ができていること。並ぶことそのものが名古屋の食文化の一部なのではと思うほど、人気店の前には例外なく長い列ができていた。観光ガイドに“名古屋は待つ街”と書かれていても納得してしまいそうだ。

 そしてもう一つ印象に残ったのは、そのボリューム。味噌カツ定食はお盆に乗り切らないほど堂々と盛られ、きしめんは丼の縁いっぱいまで満たされている。豪快で気前の良い名古屋の人の気質がそのまま料理に表れているようで、目の前に料理が届いた時の大きな感動もありつつ、ひとりでは食べきれない量に密かに苦戦した。こんな時、気兼ねなくシェアできる相手がいないと、美味しさにも限界があるのだと知るのも一人旅ならではの学びだ。

 旅の締めくくりは少し苦難が続いた。天候の関係で帰りの飛行機とJRが相次いで遅延し、家に着いたのは予定を二時間ほど超えた二十二時過ぎ。トラブルのせいで食事を摂るタイミングを逃してしまい、迎えに来てくれた家族と立ち寄ったコンビニで簡単なお弁当を買って帰った。三日間、好きなものを好きなように食べ歩いたはずなのに、その夜のコンビニ弁当はなぜか格別だった。何を食べるか、ではなく、誰と、どんな状況で食べるか——。料理そのもの以上に、家族がそばで「おかえり」と言ってくれる、その事実だけで、こんなにも満たされるものなのかと胸が温かくなった。

 一人旅は楽しい。自分のペースで味わい、発見し、自由に歩く時間は何にも代えがたい宝物だ。でも、家族と囲む何気ない日常の食卓には、それを超える安心と幸せがある。栄養や味だけでは測れない“おいしさ”が、確かにそこにあるのだ。
職業柄ついつい「栄養」に関する数値にとらわれがちだ。だが、それと同時に「心の栄養」にも目を向けることが必要だと、今回の旅の終わりに改めて感じた。

本文ここまで

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